宗教とは何か?イメージで判断すべきでない万人にとって大切なこと

 

宗教と聞いて、あなたは何をイメージするでしょうか?

 

葬祭の時に宗派を知る程度で(私もそうだった)無宗教が多い日本人にとって
宗教と聞いてまず出てくるイメージは、
「怪しい」「胡散臭い」「狂信的で反社会的」
といった、カルト宗教を中心としたものが多いのではないかと思います。

一方世界ではキリスト教やイスラム教をはじめ、今でも多くの人が信仰しています。

 

私はカルトにも他の宗教にも属していない、無宗教です。
そして世界の宗教を知り尽くした専門家でもありません。
ただ、宗教はどんな人にとっても大切なことを教えてくれると思います。

宗教と聞いてカルトのように危険な、また世界にある厳格な教義を守る方々のような
堅苦しいイメージだけではない「宗教」を紹介したいと思います。
(特定の宗教を信仰している方々を否定するわけではありません)

 

新興宗教 顕正会から息子をギリギリで取り戻した話
GW最終日の夜に起きた事件。調べれば調べるほど危ない団体で、まだ警戒しています。今、目標会員数に向けて活発になっているので注意喚起の意味でまとめました。

 

ヘレン・ケラーはカルト信仰で三重苦を乗り越えた?

 

「聾・盲・唖」の三重苦を乗り越えたヘレン・ケラーは、自身の著書「私の宗教」の中でこう述べています。

 

さんさんと陽が降り注ぎ、花咲き乱れる自分たちの世界とはまったく違っており、感情や感覚も自分たちとは本質的に異なり、意識は基本的にその障害の影響を受けている、と。もっとひどいことには、色彩や音楽や形態の美しさからも閉め出されているとさえ思っているのです。美・秩序・形状・均整といった要素は盲人であっても触知できるということ、その美しさやリズムは感覚よりもっと深い霊的法則からきていることを、
…(中略)…
盲・聾の人といえども、眼が見え耳が聞こえる五感をそなえた人たちから同じ脳を受け継いでいるのであり、その霊は、みずからの陽光とハーモニーで内なる静寂の闇を満たしているのです。 ー「私の宗教 ヘレン・ケラー、スウェーデンボルグを語る≪決定版≫」p147-148

 

ヘレンケラーはこの著書の副題にもなっているように、神秘思想家エマヌエル・スウェーデンボルグ(スヴェーデンボリ)に深い信仰を抱き、彼の著書「天界と地獄」によって三重苦を乗り越えたと記されています。

 

スウェーデンボルグは天使と交信ができると語る人物であり、存命中であった
17世紀でも現代ですら、その体験を理解することは難しいと思います。
一般的に言えば胡散臭さ満載で、カルト宗教だとも見えるかもしれません。

 

ヘレンがスウェーデンボルグの信仰集団に属していたという史実はありませんが、たとえ属していたとしても、彼女はスウェーデンボルグの思想から三重苦を乗り越え、多くの人に貢献したことは事実です。

 

ヘレンのこの信仰を、私たちがイメージするカルト宗教として判断するでしょうか。

イメージだけで判断しないことが重要だと彼女は教えてくれます。
それと同時に、上記の引用は私たちが持つ「障害者」に対するイメージ、そして多くの
人が感じられない霊的な要素に対するイメージも、改める必要があるかもしれません。

なぜ生まれてきたのか分からない私たちが、五感で認識できないものを分からないから
否定するというのは、至極不自然なことではないでしょうか。

 

堅苦しい教会教義を否定したエマーソン

 

またアメリカの思想家ラルフ・ウォルドー(ワルド)・エマーソンは「自己信頼」というエッセイの中でこのように述べています。

 

一個の人間になろうと思う人は、世間に迎合しない人にならなければならない。不朽の勝利を得ようと思う人は善の名目に妨げられることなく、そのことが果して善であるかどうかを探求しなければならぬ。結局自分自身の精神の完全さ以外に神聖なものはない。
…(中略)…
私がまだ若いころ、私をいつも教会の懐かしい昔ながらの教義で悩ませていたあるやんごとない指導者に、言わざるを得なくなっていった自分の答えを今でも覚えている。
「もし私が完全に内心の命ずるままに生きていくなら、伝統の神聖さなど私に何の関係もないではありませんか」と私が言うと、指導者はー「でもその内心の命令というのが下から来ていて、上から来たものではないかもしれないではないか」と注意した。「私の言う命令というのはそんなものではなさそうです。でも。もし私が悪魔の子なら、その時は私は悪魔に従って生きて行きます」 -「エマーソン名著選 精神について」p45-46

 

エマーソンは当時の形式を重んじる教会制度を否定して、無協会主義を打ち出しました。
そしてその思想は、万物と神はつながっていて、そのため神聖であるというもので、東洋
思想に影響を受けています。

現代でも教会は存在しているので、彼の主張は少数の考えだとは思いますが、最後は自分の心で判断する重要さを主張しています。

宗教は組織的に形式を重んじて行わなければいけないものでも、大多数に慣わなければ
いけないものでもなく、あなた自身が心から正しいと思えれば良いのだと思います。

 

無宗教者にとっての「宗教」とは

いかかでしたでしょうか。

「宗教」に対するイメージは、少しは変わったでしょうか。

 

社会に迷惑をかけるカルト宗教を擁護するわけでも、宗教団体に属し厳格に信仰する
方々を否定するわけでもありません。

それが本人の意思であり、周りに迷惑をかける行為でないならば
誰の何を信仰しても、何に属しても個人の自由です。

 

ただ重要なことは宗教とはイメージとしてのそれではなく、それは人が生きる
手助けをしてくれる脈絡と受け継がれた知恵そのものであるということ。

世界にある宗教は、本質的なところでは同じところを目指しているはずなのに、
形式をめぐってお互いの主張をぶつけ今だに争っているというのはとても皮肉なことです。

ただ、あなたが心から信じられることを信じればそれでいい。
そしてそれは他人にとっても同じことであり、押し付け合うものではないということです。

 

聖典の言葉をそのまま受け取ることは時代にそぐわない点もありますが、
無宗教でも参考にすべきところは多くあります。

あなたが興味を持つ聖典に実際に触れれば、新しい発見があるかもしれません。
何かの参考になれば幸いです。

 

引用書籍


私の宗教: ヘレン・ケラー、スウェーデンボルグを語る 《決定版》

単行本 – 2013/12/26

ヘレン ケラー (著), Helen Adams Keller (原著), 高橋 和夫 (翻訳), 鳥田 恵 (翻訳)

 

 

ラルフ・ウォルドー エマソン (著), Ralph Waldo Emerson (原著), 入江 勇起男 (翻訳)

 

 

 

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